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会社沿革

1921年(大正10年) 5月 札幌市中央区北4条西2丁目において、個人企業として自動車整備とその部分品の販売業を創始。
1954年 6月 自動車部品の販売部門を独立させ、資本金400万円にて 株式会社 宮田自動車商会 を創立し、創始者 宮田信 が代表取締役社長に就任。
1958年(昭和33年) バスケットボール部結成。
1960年 9月 札幌市中央区北1条東11丁目に新社屋(木造モルタル3階建店舗150坪と石造2階建倉庫24坪)を新築移転。
1966年(昭和41年) 1月 初代社長死去により専務取締役 宮田泰が二代目代表取締役社長に就任。
1966年 6月 岩見沢市4条西11丁目に岩見沢営業所を開設。
1966年 7月 札幌市北区北24条西2丁目に北営業所を開設/資本金を 900万円に増資。
1967年 3月 資本金を 1,500万円に増資。
1967年 4月 札幌市中央区北5条西22丁目に西営業所を開設/札幌市豊平区月寒東1条3丁目に月寒営業所を開設。
1967年 8月 本社の西隣接角地に鉄筋コンクリート造 3階建 675m²の本社社屋を新築し旧社屋を貸店舗とする。
1967年12月 本社販売部門を中央営業所として分離独立させ札幌市内課と道内地方課のニ課制とし販売体制強化。
1972年 8月 夕張郡長沼町に長沼営業所を開設。
1972年12月 地下鉄開通に伴い北営業所を北区北31条西2丁目に新築移転。
1973年 6月 江別市一番町1番地に江別営業所を開設。
1976年(昭和51年)10月 資本金を 3,000万円に増資。
1976年12月 千歳市信濃4丁目に千歳営業所を開設。
1978年 7月 資本金を 4,000万円に増資。
1979年 8月 札幌市白石区本通17丁目に白石営業所を開設。
1980年 3月 資本金を 5,000万円に増資。
1980年 9月 札幌市西区発寒12条5丁目に発寒営業所を開設。
1981年 1月 札幌市南区石山3条5丁目に南営業所を開設。
1982年 7月 苫小牧市三光町2丁目に苫小牧営業所を開設。
1982年 9月 西営業所を札幌市中央区北7条西24丁目に移転し旧社屋を貸店舗とした。
1983年10月 西営業所を札幌市西区発寒12条2丁目に移転し同時に発寒営業所を吸収合併した。
1985年 9月 南営業所を札幌市中央区南25条西11丁目に移転。
1986年 9月 西営業所を札幌市西区発寒15条4丁目に移転。
1987年10月 千歳営業所を千歳市東雲町5丁目に移転。
1988年(昭和63年) 9月 部品商システム「パーツマン」を17拠点合計27台が導入され、本格的に部品翻訳業務、納品書発行業務がスタートする。また、本社オフコンへの売上データ移行(フロッピー使用)スタートし、従来本社での伝票手入力が無くなり本社事務作業の大幅な合理化が計られた。
1990年 1月 用品課と機械工具課を本社営業部の直轄販売部門として組織強化した。
1990年 4月 札幌市都市再開発事業が本社周辺に及んだため本社1階中央営業所を札幌市東区東苗穂5条1丁目に移転し、東営業所とした。
1990年10月 全日本ロータス同友会の会員となる。
1993年 6月 石狩市花川南1条4丁目に石狩営業所を開設。
月寒営業所を清田区北野1条1丁目に移転。
1993年 7月 札幌市白石区中央1条3丁目に中央営業所を開設。
1994年 9月 オンライン業務を強化し、さらなる業務合理化を目指し、最新型「パーツマン5」に入替える。
1995年 1月 パーツマン5の導入によって本社と拠点・デポ間のデータ移行が経てオンラインでつながる。又、在庫管理業務も本稼動し、棚卸迄コンピュータを使った在庫管理がスタートする。これにより、主要仕入先である明治産業株式会社との在庫商品の自動受発注システム「明治ネットオンラインシステム」が稼動する。又、従来 トヨタ だけのUOE(*1)業務も、日産、マツダ、三菱、4つのカーメーカーへの発注業務が拡がる。
1996年 7月 創業75周年記念展示会をテイセンホールにて開催。
1996年12月 整備工場との夢のオンライン業務「TSP部品受発注オンラインシステム」が系列会社の宮田自動車工業 株式会社とスタートする。これにより、従来納品書を待って整備伝票への入力をしていた工場業務が、オンラインを使った自動入力に替わり、工場業務の大幅な時間短縮に貢献する。
1997年12月 仕入管理部及び、配送センターを札幌市白石区中央2条4丁目に移転。
南営業所を札幌市中央区南22条西15丁目に移転。
中央営業所と東営業所を統合。本社1階(中央区北1条東11丁目)に移転し中央営業所とした。
1999年(平成11年) 2月 苫小牧営業所を苫小牧市明野新町2丁目に移転。
1999年12月 2000年問題に対応するため基幹システムを「パーツマン5 Windows版」に入替える。
2000年(平成12年) 4月 リサイクル・リビルトパーツ、中古品を全国から検索するシステムを導入。その部品を専門に取り扱う部署、リサイクルパーツ課 を設置。
2000年 9月 輸入車用パーツを専門に取り扱う部署、外車パーツ課 を設置。
2001年 2月 宮田泰社長が代表取締役会長に、常務取締役の宮田正昭が三代目代表取締役社長に就任。
2001年 5月 創業八十周年を迎える。
2001年10月 本社社屋東隣に宮田北1条ビルを建設する。
2002年 6月 北洋銀行と北海道信用保証協会の共同保証つきで第一回無担保社債(私募債)1億円を発行する。
2003年 4月 駐車場として利用していた旧月寒営業所跡地(豊平区月寒東1条3丁目)に賃貸アパート(名称:ヒルズ月寒)を建設する。
2003年 6月 江別営業所を江別・岩見沢方面の受注センターと位置づけ、岩見沢営業所で行なっていた受注業務を江別営業所に統合した。
2003年 7月 6月の岩見沢営業所に続き、長沼営業所で行なっていた受注業務を江別営業所に統合した。
2003年 9月 商品管理課・物流センター・リサイクルパーツ課・外車パーツ課を白石区米里3条2丁目に移転。
2003年10月 北営業所を東区北23条東6丁目に移転。
2003年11月 月寒営業所を豊平区福住1条5丁目に移転。
2004年 2月 執行役員制度を導入。
2004年12月 基幹システムを「パーツマン7」にバージョンアップ。
2005年 8月 財務システムを入れ替え、ICS財務システムを導入。
2006年 1月 小樽出張所を営業所へ昇格。
2006年 3月 賃貸アパート(名称:ヒルズ富岡)を手稲区富丘3条5丁目に建設する。
2007年 2月 常務取締役 川原和義が勇退し、相談役に就任。
2007年 3月 小樽営業所を小樽市築港5番1号に移転。
2007年 4月 営業本部長 土田俊一が常務取締役に就任。
2007年 6月 執行役員 宮田祐市が取締役に就任。
2008年(平成20年) 4月 基幹システム「パーツマン7」を「パーツマン7SP」にバージョンアップ。
2008年 8月 北営業所を札幌市東区北43条東15丁目に移転。
2009年 2月 代表取締役会長 宮田泰が勇退し、特別顧問に就任。
前監査役 秋元聰 逝去の為、川原和義が相談役を退任し監査役に就任。
2010年 4月 取締役 宮田祐市が常務取締役に就任。
2011年 2月 代表取締役社長 宮田正昭が代表取締役会長に就任。 常務取締役 宮田祐市が四代目代表取締役社長に就任。
2011年 9月 創業九十周年記念感謝祭をアクセスサッポロにて開催する。
2011年10月 西営業所を札幌市北区新川713番地1に移転。
2014年 8月 基幹システム「パーツマン7SP」を「パーツマンNS-M」にバージョンアップ。
2014年 9月 月寒営業所を札幌市清田区清田2条3丁目1番40号に移転。
2014年10月 富士ゼロックス「Docu Works」を導入。
2015年 6月 岩見沢事務所を岩見沢市6条東13丁目52番2号に移転。
2016年 2月 島田淳が取締役に就任